取材/文:森 綾(エッセイスト)
日本におけるプログラミング教育の導入の定義は「小、中、高校を通じ、情報活用能力を言語能力と同様に、学習の基盤となる資質・能力と位置付けて育成。発達段階に応じて充実を図る」とある。
今年(平成30年)の3月30日に公表された「小学校プログラミング教育の手引(第1版)」によると、小学校では「算数、理科、総合的な学習の時間など各教科において、プログラミングを体験しながら、コンピューターに意図した処理を行わせるために必要な論理的思考力を身につけるための学習活動を計画的に実施」とある。
筆者はこの定義の「算数、理科、総合的な学習の時間など各教科」という言葉を非常に日本的で曖昧なものと感じた。それは良い意味で考えれば、どんな教科で取り入れてもいいという自由度ではある。しかし、おそらく、各学校のIT環境に差がありすぎて、指定しづらいという現実もあるのだろう。
教育課程内のプログラミング教育として、A 学習指導要領で例示されている単元等で実施するもの B 学習指導要領に例示されてはいないが、学習指導要領に示される各教科等の内容を指導するなかで実施するもの C 各学校の裁量により実施するもの D クラブ活動など、特定の児童を対象として実施するものとカテゴライズされているのを見ても、現場事情への慮りを感じる。
反面、その自由さが一部の教諭を不安にさせているかもしれないとも感じた。
「小学生におけるプログラミング的思考とはどのようなものか」については、第1回の鷲見辰美先生のインタビューなどを読んでいただきたい。
まずはプログラムの働きと良さ、現代社会がその技術によって支えられていること、コンピューターを活用して身近な問題を解決できるよう考えるという態度を育むこと。そのためにその現場でできるだけのことをする。それがスタートラインなのだろう。
未来の学びコンソーシアム運営協議会の金丸恭文議長は「プログラミング教育において重要なポイント」を3つ挙げたという。
「まず、苦手意識を持たせないように楽しく学ぶこと。2番目に考える力を学ぶこと。3番目に常に最先端を意識すること。」
「楽しい」という感覚を子どもたちがもてるよう工夫すること。子どもたちが解決したい課題を見つけ、やってみたいことを企画、立案、実現させるプロセスをしっかり作れるようになること。技術の革新に応じ、官民協働で教材や環境を必要なタイミングでアップデートすること。
そのために、未来の学びコンソーシアムでは『小学校を中心としたプログラミング教育ポータル』を立ち上げて、具体的な指導事例を掲載し、その内容を充実させていくという。
この日、具体例として登場していたのは「プログラミングを通して正多角形の意味をもとに、正多角形を書く」(算数、小学5年)。「プログラミングを通して、様々なリズムパターンを組み合わせて音楽をつくる」(音楽、小学3年〜6年)。
具体例がさらにビビッドに目の前に動きをもって現れるものとして、レゴ エデュケーションの教材がある。
このカンファレンスにやってきた教諭の方々の「具体」を求める姿勢は、真剣かつ、楽しげでもあった。
筆者は実際にワークショップに参加し、兵庫県南あわじ市立松帆小学校の黒田昌克先生の指導のもと「レゴWeDo 2.0」で「扇風機」をつくるワークショップに参加した。小学校の教諭で満席の教室に、黒田先生の明るい声が響く。関西弁がどこかあたたかい。
話しながら、一人ずつにプログラミングに関する質問を投げかけていく。
「小学校でプログラミングを教える目的はなんですか」
「どの教科で教えますか」
… 集まった先生たちはぬかりなく正答を出していった。
「皆さん、さすがですね!」
筆者もすごいなと思った。指導要領の基本はもうすでに全員が掴んでいるという印象だ。だからなおのこと、手で作って目に見える「レゴWeDo 2.0」への期待が高まる。
「はーい、皆さん、二人ひと組でお願いします!」
筆者が組んだのは、都内練馬区の公立小学校のS先生。30代の男性だ。タブレットの扱いが手馴れている。
まず、ブロックを使って扇風機の形を作った。これもやはり、組み立てたりすることに慣れているらしいS先生は、完成までが早い。
中には手間取っているペアもあった。しかし、ほかの先生たちが助け合いながらクリアしてゆく。
このワークショップの目的は「身近なところで電気を作り」「目的によって電気を使い分け」「身近でできる節電まで考えよう」というもの。プログラミングはタブレットに入力していく。開始ボタンが押された。
「おお、回った!」
モーターのマークを入れ、出力すると扇風機の羽が回った。そこで、黒田先生の声が。
「扇風機にはどんな機能がありますか。家にある扇風機を思い出してみてください」
質問を受けた先生の一人が答える。
「タイマーがあります」
タイマーを設定すると、その秒数回って止まるようになった。
「ほかにどんな機能がありますか」
「強い風が来たり、弱い風が来たりします」
「そう。やってみましょう。リズム風をプログラミングしてみましょう」
リズム風は、強風と弱風を交互に羅列することで出来上がった。命令を繰り返し、ブロックする。いくつかの機能をプログラミングしたところで、黒田先生が言った。
「ずっと回ってたらもったいないですよね。電気を節約するにはどうしたらいいですか」
次に当てられた先生が答えた。
「人が来たときだけ、回るといいですよね」
「やってみましょう」
そこで私は疑問に思った。え、なんの機能を使って?すると「センサー」のアイコンがあることがわかった。
これとブロック機能を使えば、人を感知したときだけ扇風機は回る。
隣で佐藤先生は、嬉しそうに何度も手をかざして、羽を回していらっしゃる。
「人が近づいたら風量が強まるとか、そういうこともプログラミングできそうですよね。前後移動や左右移動も対応できるかも」
それをプログラミングするにはどうしたらいいのか、私にはすぐにはわからなかったが、こうして機能の羅列の仕組みですべての操作が出来上がっているのだということに、私はすとんと納得したのだった。
人の声を録音できる機能もあり「動作を始めます」と、自分の声で羽を回し始めることもできる。あるいは「使いすぎ!」という言葉を入れてある一定の時間で止めるなどということもできる。
あらかじめ、歓声、雨音、ヘリコプターの音のアイコンもあり、羽が回っている間にそれらの音を出すこともできる。雨音をさせながら回る扇風機があったら、少し涼しく感じるかもしれない。それもまた、ひとつのエネルギーの節約につながるのかもしれないと思ったりもした。
また、ランプをつけることもできる。これはもう、プログラミングのアイデア次第で、とんでもない扇風機ができるというわけである。
「先生、これは子どもたちなら突拍子もないすごいアイデアを出すかもしれませんね」
私がS先生に問いかけると、彼も大きくうなずいた。
「今まで、何がどうプログラミングされているかなんて考えたことがなかったけれど、身近にあるものがどういうふうに動いているか、よくわかりました。大人でもこれだけ楽しめるのだから、子どもにとっても楽しめると思う。苦手な子もいるかもしれないけれど、興味深い学習になると思います。レゴはわかりやすいですね」
こういうものから始めたら、きっとプログラミングが好きになるに違いない、と私は思った。そうして基本的な仕組みから工夫へのアイデアをどんどん考えたくなるに違いない。
ワークショップを終えた黒田先生は、とても達成感のある表情だった。
それは、小学校の先生たちがまるで子どものように「レゴWeDo 2.0」によるプログラミングを興味深く扱い、楽しむ様子が見てとれたからだろう。実際、楽しげな空気が場に漂っていた。
黒田先生は言った。
「プログラミング教育の目的を達成するためには、意図的にプログラミング的思考を獲得させることを目的とした段階と、獲得したプログラミング的思考を活用することを目的とした段階が必要です。「レゴWeDo 2.0」は、そのどちらの段階にも対応できる汎用性の高さがあります」
ワークショップを体験して思うのは、その「意図的にプログラミング的思考を獲得させることを目的とした段階」と「獲得したプログラミング的思考を活用することを目的とした段階」の隙間は0.1秒だということだ。
おそらく、子どもたちの柔軟な感性はプログラミング的思考を獲得した瞬間にそれを活用したいと思うのではないだろうか。
その知性が進化するスピード感を妨げないのが「レゴWeDo 2.0」のもっとも大きな長所だろう。